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2010年2月21日 (日)

常に二元性

「自我が強くなればなるほど死が怖くなる」
「働いたり何かをなそうと思うのは不安と怖れがあるから」

常に二元性。
不安があるから安心もあったり。
死があるから生も感じることができたり。
対極がないと、わからないことが多いということに気づきます。
自分も他人がいないと自分を認識することはできません。

怒り=不安=死
喜び=愛=生

もし、宇宙がビックバンで誕生したとすれば、元は一つ。
二元性もなかったんでしょう。
ひとつならば、既に満たされているから、対極を感じることができない・・・

誕生→死→誕生・・・この繰り返し、宇宙もその繰り返し。
形あるものもその繰り返し。諸行無常。
くっついたり、離れたり・・・
最近、都会の喧騒を離れ、田舎で自給自足を試みる若人たちが増えているのも
田舎→都会→田舎・・・

なにか関係があるかもしれないと感じました。

                                   ぽんた

2010年2月 9日 (火)

翻訳は瞑想である

 翻訳塾が順調に滑り出した。人に翻訳の技術を教えるのははじめてのことなので、いろいろ考えさせられることも多いが、添削指導することで、わたしにとって勉強になることもたくさんある。これまで何気なくやっていたことを、いちいち言葉で説明しなければならないからである。
 添削していてもっとも面白いのは、翻訳する人の心のあり方が文章に如実に反映されることだ。たとえば、大胆で行動派の人は、あまり文法を気にせず、「やっちゃえ」という感じで訳すことが多い。それがツボにはまると、思いがけない名訳になるのだげ、
どちらかというとツボにはまらないことが多く、「おいおいまってよ」という気持ちになる。
 機能的な英語と違って、日本語の表現はバリエーションに富んでいるので、適切な言葉の選択に苦労するのだ。わたしの翻訳の師である吉福伸逸さんは、翻訳とは瞑想であると言ったが、まさにその通りだと思う。心の中の雑念が文章ににじみ出てくるのだ。

2010年2月 4日 (木)

隣の庭の梅が咲きました

DSC00653.JPG
隣の庭の梅が咲きました。伊豆は温暖なので、早咲きの桜も5部咲きになっています。それでも、昨日は雪がちらつき、天城の山々が冠雪しました。年が明けたと思ったらもう2月、まさに光陰矢のごとしです。今、以前に紹介した『いましめを解かれた魂』の仕上げに入っています。3月刊行の予定です。

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