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2016年2月17日 (水)

人生の流れに身を任せる壮大な実験

『今、目覚めゆくあなたへ』の著者、マイケル・シンガーの最新作『The Surrender Experiment』を現在翻訳しています。昨年アメリカで出版され、話題になった本です。覚醒体験とその後の人生について、事細かに書いている本です。冒頭部分をアップしますので、興味のある方は読んでみてください。

                                    菅




 1章 叫びではなく、囁きと共に

 

 私に授けられた名前はマイケル・アラン・シンガー。私が覚えている限り、誰もが私をミッキーと呼んだ。一九四七年、五月六日に生まれた私は、一九七〇年の冬まで、まったく普通の人生を送っていた。そして、何かが私の身に起こった。それは非常に深遠な出来事で、永遠に私の人生の方向性を変えてしまった。

 人生を変える出来事は非常に劇的で、その性質上、混乱を引き起こす可能性がある。普段、あなたの全存在は身体的、感情的、精神的に一つの方向に向かっている。その方向を定めているのは、あなたの将来の夢とその夢に向かって邁進しようとする力である。ところが、突然、あなたを足元から掬う大地震や恐ろしい病に見舞われる。さもなくば偶然の出会いが起こる。それがあまりに強烈であれば、その後のあなたの人生は変わらざるをえない。その出来事を境に、あなたは文字通り別人となる。あなたの興味は変わり、目標も変わる。事実、あなたの人生の根本的な目的も変わる。頭の向きを変え、二度と振り返れないようにするには、普通、きわめて強力な出来事が必要である。

 だが、必ずしもそうとは限らない。

 一九七〇年の冬、私の身にそのような出来事は起こらなかった。起こったのはきわめて霊妙でかすかなものだったので、気づかずにすぎ去ってもおかしくなかった。私の人生を混乱と変容の渦に投げ入れたのは叫びではなく囁きだった。人生を変えるその瞬間から四〇年以上経っているが、今でも、昨日のことにように覚えている。

 私はフロリダ州ゲーンズビルにある我が家の居間のソファーに座っていた。当時、私は二二歳で、シェリーという名の美しい魂の持主と結婚していた。二人共、フロリダ大学の学生だった。私は大学院で経済学を学んでいた。非常に抜け目のない学生だった私は、大学教授になるため、経済学部の学科長に訓練を受けていた。シェリーには、シカゴで弁護士として大きな成功を収めているロニーという兄弟がいた。まったく畑違いの世界にいたにもかかわらず、私はロニーと親しくなった。彼は力を持った裕福な大都市の弁護士だったし、私は六〇年代に育てられた大学の知的ヒッピーだった。当時、私がいかに分析指向だったか述べておいた方がいいだろう。大学にいる間、私は哲学や心理学や宗教のコースを取ったことがなかった。私の選択科目は記号論理学、高等微積分学、理論的統計学だった。そのことが、私の身に起こったことを一層おどろくべきものにするのだ。

 たまにロニーが尋ねてきて、よく一緒に過ごしていた。今にして思えば、一九七〇年のその運命の日、ロニーは私と一緒にソファーに座っていた。何について話していたのか正確には覚えていないが、ゆるゆるした会話が途切れた。私はその沈黙が不快であることに気づき、次に何を言うべきか自分が考えていることを発見した。以前にも同様な状況に何度も入り込んだことがあったが、この時の経験はどこか違っていた。ただ単に不快で、何か言うべきことを探すのではなく、不快で何か言うべきことを探していることに気づいた。それまでの人生ではじめて、私の心と感情が見つめる対象になったのだ。

 言葉にするのが難しいことは分かっているが、可能な話題を探そうとする私の落ち着かない心と、そうした心の動きにただ気づいている私との間に、完璧な分離の感覚があった。突然、心の上に留まり、生み出される思考を静かに見つめていることができるようになったかのようだった。信じようが、信じまいが、意識の座におけるその微妙な転換が、大竜巻となって私の全人生を再編した。

 ほんのわずかの間、私はただそこに座って、気まずい沈黙を「修正」しようとする自分自身を見つめていた。しかし、修正しようとしているのは私ではなかった。私は修正しようとする心の活動を静かに眺めている観察者だった。最初、私と私が眺めているものの間には、ほんの少しの分離しかなかった。だが、刻一刻とその分離は広がっていくように思われた。私はこの転換を引き起こすようなことを何もしていなかった。ただそこにいて、私の自己感覚が、私の前を通り過ぎていく神経症的な思考パターンを含んでいないことに気づいていた。

 この「気づき」の全プロセスは実際には瞬間的なものだった。内部に隠された絵があるポスターを見つめているかのようだった。最初はただ単に線と円からなるパターンのように見える。それから、突然、最初にカオスのように見えたものから立体のイメージが出現する。一度、それを見ると、以前それがどうして見えなかったのか想像がつかない。それはそこにあったのだ! 私の内部で起こった転換はそのようなものだった。私が内部にいて、自分の思考や感情を見つめているのは明白だった。いつでもそうしていたのだが、あまりに無自覚で気づかなかったのだ。細かいところに気を取られ、それらを思考や感情とみなさなかったかのようだった。

 数秒もたたないうちに、それまで気まずい沈黙を破るための重要な手がかりのように思われたものが、今や、私の頭の中で語る神経症的な声のように聞こえた。その声が言うことを私はじっと見つめていた。

 

「天気がすごく良かったね?」

「ニクソンが先日やったことを聞いた?」

「何か食べるものが欲しい?」

 最終的に私が口を開いて言ったのは、次のようなセリフだった。

「君の頭の中で話している声があることに気づいたことがあるかい?」

 

 ロニーは少し奇妙な目で私を見てから、パッと瞳を輝かせて言った。「ああ、君が何について話しているのか分かるよ。俺のは絶対に口を閉じないんだ!」その後、「もし頭の中で、他の誰かの声が話しているのが聞こえたら、どんな感じだろうな?」と冗談を飛ばしたのを覚えている。私たちは笑い、人生は続いていった。

 だが、私の人生はそうではなかった。私の人生はただ単に「続いて」いかなかった。何もかも同じではなくなったのだ。気づきを維持しようとする必要もなかった。今や、気づいているのが私のあり方になった。私は絶え間ない思考の流れが心を通過していくのを見つめる存在だった。同じ意識の座から、絶え間なく変化する感情の流れがハートを通過していくのを見つめた。

シャワーを浴びる際、私が身体を洗っている間、頭の中の声が何と言わなければならなかったのかを見た。誰かと話している時には、相手が話していることを聴く代わりに、頭の中の声が次に何を言うべきか探っているのを見つめていた。教室では、教授が講義をどのように進めようとしているかを、私の心が先走って考えるゲームをしているのを見つめていた。この新たに発見した頭の中の声が私を悩ませはじめるまで長くかからなかったのは言うまでもない。映画館でおしゃべりするのを止めない人物の隣りに座っているかのようだった。

 その声をじっと観察していると、私の内奥にある何かがそれを黙らせることを欲した。声が止んだら、どんな感じだろう? 私は内部の沈黙を切望しはじめた。最初の経験から数日もしない内に、私の生活パターンが変わりはじめた。友人がおしゃべりをしにやってきても、もはや楽しくなかった。私は心を鎮めたいと思った。社交的な活動は助けにならなかった。私は中座をして、家の近くの森に出かけるようになった。木々に囲まれた地面に座り、頭の中の声に口を閉ざすよう告げた。もちろん、効果がなかった。何ものも効果がないようだった。それが語っている話題を変えることができることに気づいたが、長い時間、話を止めさせることはできなかった。内的な静寂を求める切望が情熱になった。その声を見つめることがどのような感じかは分かった。分からなかったのは、その声が完全に止んだら、どのように感じるかということだった。私が人生を変える旅に船出しようとしていることなど想像すらできなかった。

 

 

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